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ポルトガル tres

(初めから読みたい方はこちらからどうぞ↓)
ポルトガル旅行 その一

エヴォラからリスボンへバスで帰って来て、まず向かったのはサン・ジョルジェ城。ユリウス・カエサル時代、ローマ人によって要塞として建築されたお城です。

時間ギリギリに向かったので中の方はあまり見れなかったのですが、お城の庭から見えるリスボンの街並みはとても良いものでした。少し肌寒かったけれど!テージョ川に架かる「4月25日橋」を見て・・・

それからお城を背に家と家の間の路地を歩いて・・・

リスボンのカテドラル(大聖堂)へ辿り着きました。

この大聖堂は1755年に起きた大震災にも生き延びたというとてもどっしりとした造りの大聖堂でした。1147年イスラム礼拝堂跡に建てられたそうです。回廊はゴシック様式に、祭壇はバロック様式で造られています。・・・ちょうど陽が落ちたころに訪れたので、有名なバラ窓は見れなかったのですが・・・。。。

そこからどこに行くー?とガイドブックを見ていたのですが・・・陽も暮れて、お腹が空いてきたのでお互いにレストランのことろしか見ず・・・本当、どこに行く?と言いながら、取り合えず坂を下って、リスボンの海の玄関口といわれるコメルシオ広場に出てきました。どうしてか、ってガイドブックに「夜のライトアップが美しい」って書いてあったから、です!笑

この広場は別名テレイロ・ド・パソ(宮殿広場)とも呼ばれていて、1755年の大震災で破壊されたマヌエル一世の宮殿があったことでその名前が付いたみたいです。いろいろ調べてみると、1908年にカルロス一世(カルロスというのはスペイン語読みで本当はカルルシュ一世だそうですね。そして全名はカルルシュ・フェルナンド・ルイス・マリア・ヴィクトル・ミゲル・ラファエル・ガブリエル・ゴンザガ・シャヴィエル・フランシスコ・デ・アシス・ジョゼ・シモンだそうです。長い!!笑)と皇太子が暗殺された場所でもあったそうです。そしてこの広場の真ん中に建つのはドン・ジョゼ一世の騎馬像です。

そしてこの門を潜ってアウグスタ通りへどんどん歩いていくと、左に曲がる通りを見てみると、

サンタ・ジュスタのエレベータを発見しました!綺麗にライトアップされていて、周りの建物と少し雰囲気が違うのでひと際目立っていました。エレベーターが付いていて上には展望台とカフェがあるそうです。エレベーターしかないのに、贅沢な・・・。笑
そこからグロリア線でバイロ・アルト地区へ行って夕食。「・・・生ハムメロン考えた人天才!」と言いながら生ハムメロンを食べました。それから近くの「ファド」のお店へ。

写真を撮っていただきました!ファドを間近で聴くのも見るのも初めて!というわけで、わくわくして待っていたのですが・・・その土地の歌というのは、その土地の人でしか分からない、ということが分かって嬉しくなるんだか切なくなるんだか・・・笑。なんというか「血」が違う。これが本当に感じられました。曲も雰囲気も聴いたり見たりすれば理解することは出来るのですが、その根本にある精神性や、歴史や、心が日本のもの、もちろんクラシックとも違うんだなあ、と感じました。本当、あの発声ってどうやっているんだろう・・・。不思議。。。

で、終わったから帰ろうか、と話していたときに「タクシー呼ぶね。」って呼んでくれた、のは良かったのだけど、英語がまったく聞き取れず曖昧な返答をしていたわたしたち(特にわたし)・・・でも!大きな通りに出たときに「ここがメインストリートだよ。ま、僕のストリート(my Street)だけどね!」と言われ・・・苦笑いしか出来ませんでした。ごめんね!お兄さん!乗ってあげられなくて!でもまさかマイ・ストリートって来ると思わなくて!!!・・・隣に座ってるまどかさんは聞いてなかったようで気まずい思いをしながらホテルに戻りました。笑

次は、リスボン市内の観光です(!)

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